めでぃあ と セージ


『世の中を動かすのはほんの一握りの天才。』
なんて言葉もあれば
『世の中を動かしてきたのは大衆の不満』

朝から、ギリシャのデモ報道。
夕べは、アメリカのデモ報道。
デモが報道されているうちは、まだそんなに日本も報道規制も大したもんじゃないとも言えるのかもしれないけれど、酷い偏向っぷりは、フジテレビを始め、韓国の経済危機を記事にしてこなかった日経だったりと、NHKをはじめ地デジ民法全般共に、今まさにそこにある問題なのよね。
しかも遡れば、私が生まれた頃からも既にあったようだけれども、今の与党になってからパワーバランスが崩れたようで方向性が顕著になってきたようだ。
『通名』・『犯罪』・『報道』このキーワードで調べれば動画付きでいくらでもソースは出てくるし、知らない方にはショックが大きいかもしれない。

いいように愚民化が働き始めている‥ 国の『偏向を制限はしないという許容姿勢』と、報道の行き過ぎた偏向はTVをBGMに流し聞きしているだけでもゾッとくるものを感じちゃいますね。
今こそ外国通貨を買うべきだと述べる大臣。 言ってる事は間違いないけれど、買っても得しない外貨を買うなよな(--;
献金代わりに公的に金送ろうなんぞ国民を馬鹿にするのもたいがいにしてほしいものだ。
本当に一握りの天才は不在なのかしらね?
それともその天才がこういう現状を日本全体の勝機と読むのだろうか。
防衛機構の不活性をいいことに今、したり顔をしている人間たちが一握りの天才ではないというのは間違いないんだけれど、杞憂じゃ済まされない事態に陥ってる様に思えてならない。
大きな変革に耐えるだけの耐力や姿勢が今の日本企業にあるとは思えない、こんな状況でTPP参加なんて正気の沙汰とは思えないな。 農業ばっかりクローズアップしてる報道も大体の予測は付いてるはずなのになんでこんな報道になってしまうのか嘆かわしい。世界戦に向けた準備はあらゆる業界には浸透していないし、その危機感も感じられない程の他人任せに感じる。

偏向で特に思うのは、最近のドラマ・アニメは
・女性がしっかりとした主役、男性が情けない脇役に扮するものが好んで放送されていること。
・偏向報道は 高齢者・主婦・子供 等を狙っているように受け取れる。

そこにヘンテコなごり押しを当てる意味を考えるべきでしょう。これは、ただのごり押しではないと捉えるのが正しいと思います。

始めに戻るけれど、天才は決して『いい人』である必要はない。
そんな天才と言えば、今朝はジョブズ氏死去のニュースがNHKで速報出ました。
彼の世界に与えた影響は良くも悪くも誰も否定できないものでした。

よりシンプルに。多機能化の追求ではない使いやすさの探求と、思いもかけない未来を感じる新機能。中には有料のJBアプリで存在していたUIさえ丸パクりなシステムユーティリティアプリが大々的に新機能として組み込まれていたこともありましたが、総じて前向きで革新的でエンドユーザーにとって改悪と取れる内容は殆ど無い進化を遂げてきた。
それによって、今まで有料だったアプリケーションが無価値化する小さくない負の影響も、エンドユーザーにとってはどこ吹く風の様になってしまっていますね。
ここまで徹底した一社独占でのハード/ソフト提供が普及を導いた功績も彼のディレクションによるところが非常に大きい。

日本ではiPhoneのとても賢い売国企業の独占も終わり、ようやく自分もTouchを卒業して憧れのiPhoneを買える?かもしれない?
(最近はAndroidもクオリティの高いアプリが出てきてiOSでなくてもいいや、なんて思っていたのですが、Siri には未来を感じます。やっぱり凄いな。)

■Wikipwdia存続の危機 [伊]

ウィキペディアは中立的で自由で、そして独立した知識源として、
数百万人のインターネットユーザーの皆様の生活の一部となってきました。

本日、誠に残念ながら、ウィキペディアを支える柱である中立性・自由・検証可能性が大きく損なわれる懸念が強くなりました。
その原因はDDL intercettazioni、通称「通信傍受法」として知られる法案の第29段落にあります。

この法案に関して、イタリア議会は現在様々な観点から議論をしていますが、
なかでももっとも重要なのは、当事者が自らの名誉を傷つけると判断したコンテンツについて、
どんなウェブサイトも48時間以内に訂正を公表しなければならない、という事項です。

法案では、当事者の主張を第三者が検証することは残念ながら求められておらず、名誉が傷つけられるという意見さえあれば、訂正が強要されることになっています。 したがって、ブログ、ネットニュース、ウィキペディアで公表されたコンテンツから不快感を感じた人は誰でも、

問題のコンテンツおよびその情報源の内容が真実であったとしても、
「訂正版」の公表を要求することができるようになります。

ウィキペディアの利用者(ご存知のとおり、ウィキペディアには編集責任者はいません)たちは、長年に渡って、コンテンツへの異論があったとき、プロジェクトの中立性と独立性を尊重しながらも、必要に応じて調査と修正を続けてきました。
ごくまれに、意見を踏まえて項目として成立させられなくなった場合にページそのものを削除することもありました。

訂正要求を議論と検証なしにそのままサイト上に掲載しなければならないという第29段落の要請は、ウィキペディアの自由と独立性にとって受け入れがたい制約となります。 自由な百科事典としての基本原則を曲げることになり、私たちが知る「水平」な編集の仕組みを停止させることになります。

あらゆる当事者の名誉と名声を守ることは私たちにとって言うまでもなく重要なことです。
しかし、イタリア市民はすでに刑法595条によって名誉毀損から守られていることも事実です。

今回の声明で、私たちは読者の皆様に対して、あらゆる当事者が自らの名誉についての性急な保護をみだりに強要できるようになることから生まれる危険について、注意を喚起したいと思います。

そうした制約を受ければ、「面倒を回避する」ため、インターネットユーザーは特定の話題や人々に触れることを控えるようになるでしょう。

私たちは、自由で誰にでも開かれた百科事典を提供し続けたいと思います。
私たちの記事は皆さまの記事でもあり、だからこそウィキペディアは中立です。
なぜそれを止めなければならないのでしょうか?

ウィキペディア利用者一同

経済的に。ではなく、法に準じれば精度を失う。そんな懸念。 残念ながらイタリアは汚職でも有名な国ですね。
後ろめたいことなくって難しい世界なのかもしれないけれど、法治国家であるならば建前は貫いて欲しいと願います。

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